恋愛の中にあるセックスと愛の中で

恋は求めることで、愛は与えることだ。

自分の好きな人に、自分のことを好きになって欲しい。愛が欲しい。守って欲しい?

アレをして欲しい。コレをして欲しい。

そうやって愛を求めることは恋をしているということなのだと思う。そして、恋をされている方が恋をしている相手の欲求に答えることは愛だ。

愛がなければ、恋する欲求を満たすような親切はそうそうできない。

愛とは与えることだが、それは相手の望むことを与えることである。

「愛している」の言葉を繰り返すことも、ハグもキスもセックスをしたがることも。

それらは愛ゆえに起こる欲望ではあるが、愛ではない。

恋なのかもしれない…。あくまでも自分の欲求なのだから。

相手の欲求にこころよく答えることは愛だろう。そこにある愛は男と女のそれとはニュアンスが違い、人間としての感情だと思う。

信用できるかどうか。相手に自分の気持ちだったり体だったりを、任せられるかどうか。

この人は本当に大丈夫と思えるかどうか。

ところで私は、好きだから・愛しているからと、決まり文句のように言われて求められる行為を信じていない。

男はキスもセックスも、好きじゃなくてもできる。

男に限ったことじゃない。女だってできる。「ヤリタイ」と思えば。

ヤリタイ気持ちの出どころは好きだからじゃない。「ヤリタイ」と思ったからヤリタイだけだ。好きとか愛しているとかは後でとってつけた建前。

好きだからやりたくなるのではなくて、自分を欲情させる相手を大切に想うことや、思いやること、守りたいと思うことが愛だ。

愛には必ず理由があると思うのだけれど、愛が性欲の理由にはならない。

私はそう感じてしまう。

さて、もしも恋人に自分への愛が足りないと感じる人がいたら、それはあなた自身の問題かもしれない。

言い方が悪いかもしれないが、あなたは愛を与えたくなる対象に入っていない。

あるいは、あなたの感覚や感度がニブイのかも…。

あと考えられるのは恋人もあなたに恋をしていて、お互いの恋がぶつかっているのだ。

ふたりとも恋する気持ちが爆発していて求めてばかりで、お互いに与えようとしていないと、それではどちらも満たされるわけがないのだ。